A、B、C、Dは大学時代の同級生です。社会人1年目となり、日曜に久々に皆で遊ぶこととなりました。A、B、Cは集合場所で遅刻しているDを待っています。少し会話を覗き見してみましょう。 会話を覗き見してみて、どのようなことを感じたでしょうか?薄々気づいた方もいらっしゃると思いますが、実はこの会話の中には様々な偏見を散りばめています。
偏見という言葉を聞くと、「自分はそのようなことをしていない」と認識されている方も多いと思いますが、今回お話しするのは無意識に持っている偏見についてです。 人は無意識のうちに取り入れられた偏見や先入観を誰しもが持っています。この『無意識の偏見』をアンコンシャスバイアス(unconscious bias)と言います。アンコンシャスバイアスが生まれる背景にあるのは脳の効率化で、日々物事を判断する中である程度カテゴリー化されることで考える時間を省くショートカットの機能を有しています。一方で、カテゴリー化された思考は必ずしも個人に当てはまるものではなく、偏りがあるのです。 以上の話から、マイクロアグレッションにはアンコンシャスバイアスが関係していることが分かったと思います。もしかしたら、マイクロアグレッションを防ぐために、自分の中のアンコンシャスバイアスをなくしたいと思う気持ちが芽生えた方もいらっしゃるかもしれませんね。しかし、実際にはこのアンコンシャスバイアスは誰にでも存在するものなので、完全になくせるものではありません。大事なのは、自分の中に必ずアンコンシャスバイアスがあるということを自覚して、自らの発言を振り返って意識していくことです。また、自分の発言だけでなく、伝えた相手の反応を意識することも必要です。例えば上記の会話で、Cくんは異性のタイプについて曖昧な反応をしています。これを『異性のタイプについてあまり話したくない』という、Cくんのサインであると見立てるとどうでしょうか?Cくんは恋愛というものに興味がないのかもしれませんし、異性ではなくて同性が好意の対象で答えにくかったのかもしれません。いずれにせよ、相手の反応によって、『こういう可能性もあるかもしれない』という視点を持つことは、自分の発言を見つめ直して今後マイクロアグレッションを防ぐことに役立ちます。
A:ねぇねぇ。BくんとCくんの好きな異性のタイプってどんな子?
B:ロングヘアで色白の小柄な子がええなぁ。Cは?
C:うーん…えっと…何だろう、異性のタイプでいうと特にないかな。
B:ないんかい(笑)。でも確かにCから浮いた話聞いたことないしなぁ。
C:まぁまぁ、そんなのどうでもいいじゃん。
C:そういえばAちゃんさ、○○製薬に勤めてるんだっけ?女の子なのに優秀だよね。
A:何でそう思うの?
B:あそこバリバリ理系やしなぁ。女の子が入ったら大変やろ。
C:男でも内定とるの難しいところって聞いたよ。すごいよね。
A:ふぅん。まぁ私もバリバリ理系だからね(笑)!
A:なんか暇だなぁ。あっ、そうだ!Bくん面白い話してよ。
B:唐突やな!なんで俺指名なん(笑)?
C:Bが大阪出身だからじゃない?
B:うわぁ…ハードルめっちゃ上がるわ…。そもそも俺は聞き役やねん(笑)!
B:おっ?店先で道に迷っとる人がおる。海外の人っぽいな。
A:よーし!Cくん助けに行ってあげて!
C:僕が行くの(笑)?英語話せないんだけど…。
A:えっ、でもCくんって帰国子女なんだよね?英語ペラペラじゃん。
C:僕がいたのはアジア圏で、英語を使わなかったんだ。そうだな…皆で声かけようか。
C:あっ、Dちゃん来た。
D:ごめん遅れて!
B:えっ、スーツ着とるやん。今日もしかして仕事やった?
D:そう。上司から「独身だから時間あるだろ」って駆り出されて…はぁ。疲れたよ。
A:そうなの?私だったら勝手にそう決めつけられると腹が立っちゃうなぁ。
C:Dちゃんお疲れ様だったね。それじゃあ皆揃ったし、行こうか。
アンコンシャスバイアスとマイクロアグレッション
今回挙げたような会話の内容は、『普通』『当たり前』という各々のアンコンシャスバイアスをもとに、日常の中でも大なり小なり繰り広げられていることと思います。この会話は私が考えたフィクションですが、もしかしたら私の意図しないところで皆さんが違和感を抱いた内容もあるかもしれません。それは私自身も自分のアンコンシャスバイアスに気づいていない可能性があるからです。それだけ、自分の中にあるアンコンシャスバイアスに気づくのは難しいことなのです。
アンコンシャスバイアスによって無意識に発言したことが、意図せず他者を傷つける場合があります。これをマイクロアグレッション(Microaggression)と言います。直訳すると『小さな攻撃性』という意味を持つマイクロアグレッションですが、その特徴として発言した側が必ずしもネガティブな意味合いではなく、むしろ誉め言葉として伝えている場合においても、時には相手が傷つくという可能性を秘めているということです。
例えば、上記の会話では就職先の話題になったときに、CくんがAちゃんについて、「優秀だよね」「すごいよね」とAちゃんを褒める発言をしたり、Bくんが「大変やろ」とAちゃんを労っている様子があります。一方で、「女の子なのに」「女の子やったら」「男でも」と就職や専攻に関して男女差があるというアンコンシャスバイアスが窺え、こういった発言は人によっては自分の実力を認められなかったと感じる要因にもなります。
また、『こういうタイプの人はこういうことが得意なはずだ』というアンコンシャスバイアスによって、その人の能力が過大評価されてしまう場合もあります。例えば上記の会話では『大阪出身の人は話が面白い』、『帰国子女は英語が堪能』というアンコンシャスバイアスが存在しておりますが、実際には話をするのが得意でない大阪出身のBくん、英語が話せない帰国子女のCくんが少し困ってしまっています。こうした無意識に相手に課された期待や評価についても、人によってはプレッシャーを与えられた感覚になるのかもしれません。大事なのは自分自身や目の前の相手を理解しようとすること
Cくんもそうだったのかもしれませんが、仮にマイクロアグレッションによって傷ついたときに、相手との関係性であったり内容のセンシティブな側面から、直接傷ついたことを伝えにくい場合があります。もしあなたが周囲の会話を聞いて、言われた相手が傷ついたり不快に思っていることに気づけた場合は、代弁してあげるとよいでしょう。例えばCくんが曖昧な反応をしたときに、「こういう話題を好んで話したくない人もいるからね」と代弁して、話題を変えるきっかけを与えてみるのもいいかもしれませんね。こうして別の視点をもって代弁してもらえることは、発言した相手にも気づきを与えるきっかけになります。また、上記の会話ではDちゃんが休日に働いていた理由を聞いて、Aちゃんが「私だったら勝手にそう決めつけられると腹が立っちゃうなぁ」と返していました。この場には上司はいなかったものの、Aちゃんの発言はDちゃんの思いに理解を示すことに役立っています。
無意識に生じている偏見を意識することはとても難しいです。それは『普通』や『当たり前』という言葉が日常でありふれていて、皆が自分と同じ考えであることがまるで前提かのようになっているからかもしれません。まずは目に見えない『普通』や『当たり前』ではなく、目に見える自分自身や目の前にいる相手について理解しようとすることから始めていただければ幸いです。
参考文献