コラム

デジタル化社会とのほどよい距離感とは

2021年8月
西巻
“今日、どのくらいの時間をスマートフォンなどのデジタル機器に費やした?”

この問いかけは、最近私自身に時折投げかけているものです。外出自粛生活が続き、その影響は様々なところに及んでいますが、スマートフォン(以下、スマホ)やパソコン、テレビといったデジタル機器を使う時間が以前に比べて随分長くなったなと感じることもその一つです。テレワークやオンライン会議が当たり前になったことや休日のリフレッシュ方法の選択肢が狭まり、映画や動画鑑賞に頼る日が多くなっているというのがその主な理由です。しかし、それに限らず、ネットサーフィンをしているうちにいつの間にか特段興味のないページを眺めていたり、短時間のうちに同じアプリを何度も開いては代わり映えのないページをぼんやりと見ていたり・・・ということが間々あることにも気が付きました。

皆さんは、スマホやパソコンといったデジタル機器との付き合い方について考えたり迷ったりしたことはありますか?最近では、デジタルデトックス、スマホ依存といった言葉も出てきているため、そういった言葉を耳にし、ご自身や家族、友人などの周囲の方のスマホやパソコンの使い方について考えたり心配したりしたことのある方も少なくないのではないでしょうか。現在、インターネット接続可能なデジタル機器では、情報検索、ソーシャルネットワークサービス、ゲーム、買い物など、あらゆることが可能となり私たちの生活に欠かせないものとなっています。しかし、その一方で過度のインターネット利用が心身の健康や生活を脅かすということが世界的に深刻な問題となっています。

2013年、インターネット利用の中でもオンラインゲームに依存している人が多いことから、アメリカ精神医学会の診断基準(DSM‐5)の中の「今後の研究のための病態」という項目に「インターネットゲーム障害」が取り上げられました。つまり、今のところは正式な診断名ではないものの、将来的に治療対象となる可能性があり、研究が進むよう基準が定められたということです。

また、2019年には、世界保健機関(WHO)は、ゲームをし過ぎることで日常生活に困難が生じる「ゲーム障害」を国際疾病として正式に認定し、2022年1月から運用される最新版の国際疾病分類では依存症の一類として加えられました。ゲーム障害は、オンライン、オフラインの持続的・反復的なゲーム行動(デジタルゲームまたはビデオゲーム)パターンによって特徴付けられ、下記の症状・重症度が12ヵ月以上続く場合に診断される可能性があります(症状が重い場合は12ヵ月未満でも診断される可能性があります)。

  • ゲームをする頻度や時間を自分で制御することが出来ない
  • 日常生活の中でゲームが最優先となる
  • 職場や学校、家庭に問題が生じてもゲームを継続またはエスカレートする
  • 個人、家庭、社会、教育、職業など重要な機能の障害をもたらす

ゲームの使用については、昔から家庭や学校などにおいて議論がなされていたものと思いますが、ここにきて過度なゲームへの依存は治療対象となったのです。特に、オンラインゲームについては、スマホの普及により、いつでもどこでも楽しめるようになったことが、いつの間にか自分では制御出来ない程にはまり込むきっかけになったというのは想像に難くありません。過度な使用と適度な使用の間に具体的な境界線はありません(「〇時間以上の使用は過度な使用」など)。重要なことは、自分で使用頻度や時間を制御出来る感じがあるか否か、実際に周囲から見ても生活に支障がないよう制御出来ているのか否か、ということではないでしょうか。長時間ゲームをしている人が皆ゲーム障害かというとそうではありません。また、ゲームが悪いかというとそういうことでもありません。オンライン・オフラインに限らず、ゲームが家族や友人とのコミュニケーションに役立ったり、気分転換になったりする側面もあります。

ゲームに限らず、デジタル化・オンライン化が進む社会の中で様々なコンテンツと上手く付き合っていくためのポイントは、物理的、心理的にほどよい距離感を保っていくことなのではないかなと思います。しかし、何らかの要因により、いずれかもしくはいずれとも距離が近くなるということは誰にでも起こりうることなのではないでしょうか。そのため、健康や生活を守る上で大切なことは、自らそのことに気が付いた時や周囲から指摘をされた時に自分に何が起きているのかをふと立ち止まり考えてみたり、誰かと話をしてみたりすることかもしれません。時には、専門家のサポートを求めることも一つです。スマホやパソコンを肌身離さず持っていないと不安になる、いつもゲームのことや新しいメッセージが届いていないかが気になって落ち着かない、身近な人にスマホを見過ぎと注意をされた・・・そういったことがある時は、自分の気持ちや周囲の声に耳を傾けてみましょう。

さて、最初のお話に戻りまして、デジタル機器の画面を眺めている時間がついつい長くなってしまうのは個人的な要因以外にも理由があるという一つの示唆を与えてくれた本をご紹介いたします。スウェーデンの精神科医であるアンデシュ・ハンセンによって書かれた『スマホ脳』です。少し前に話題になり、テレビなどでも取り上げられていたため、読まれた方もいらっしゃるのではないでしょうか。本によると、人間の脳はそもそもデジタル社会に適応しておらず、そのミスマッチが私たちの心身の不調に影響を及ぼしているとのことです。集中力、長期記憶、メンタルヘルス、睡眠などに与える影響について様々な研究や調査結果を示しながら紹介されています。そして、スマホについ手を伸ばしてしまうことには理由があるということをスマホやパソコンを前にした時の私たちの脳内で起きていることを基に解説されています。
 面白かったという感想を複数耳にして読むことにしたのですが、これまで漠然と感じていた“なぜこんなにスマホを手にしてしまうのだろう?”“こんなにスマホに頼っていて大丈夫かな?”という疑問が少し晴れました。デジタル画面を眺める時間が長くなっていることには色々な要因が絡み合っているのだろうということを認識しつつ、正解はないのかもしれないけれど、自分にあった距離感を探していこうという気持ちになりました。デジタル化社会との付き合いに少し疲れている方、興味がある方は読まれてみてはいかがでしょうか。

引用・参考文献
  1. アンデシュ・ハンセン 久山葉子(訳)、2020、『スマホ脳』新潮社(新潮新書)